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東京地方裁判所 昭和45年(ヨ)6682号 決定

債権者 キャサリン・アイコ・ホリコシ

〈ほか二名〉

右三名訴訟代理人弁護士 内野経一郎

同 菅充行

同 竹内康二

同 河合弘之

同 藤田一伯

債務者 学校法人国際基督教大学

右代表者理事長 湯浅八郎

右訴訟代理人弁護士 山下武野

同 川下宏海

主文

債権者らの本件仮処分申請をいずれも却下する。

申請費用は、債権者らの負担とする。

理由

第一、債権者らの求める裁判

債権者らが、昭和四六年九月一一日まで債務者の一ヵ年本科学生たる地位を有することを仮に定める。

第二、債権者らの申請の理由

一、債権者らはいずれもアメリカ合衆国々民であり、昭和四二年九月カリフォルニア大学に入学した者である。

二、ところで、同大学には海外教育計画という制度があるが、これは、同大学が世界各国の特定の大学(日本においては債務者)との間で契約を結び、その大学にカリフォルニア大学の学生を留学生として派遣する制度であって、外国の大学で履修した科目はカリフォルニア大学の単位として認められる便宜があり、またカリフォルニア大学と債務者との契約によれば、派遣された留学生は債務者において、一ヵ年本科学生として、一年間その学生としての扱いを受けることになっている。

三、債権者らは右海外教育計画により日本に留学することを志望し、カリフォルニア大学の選考に合格したので、昭和四四年三月ごろ、同大学との間で、右海外教育計画に参加する旨の契約を結び、債務者に一ヵ年本科学生として留学することが決定した。そして、債権者らはそのころ債務者に入学願を提出し、同年六月二〇日ごろ、債務者からこれを承認する旨の通知を受取った。

そこで、債権者らは、同年八月二九日、他の二一名のカリフォルニア大学からの留学生とともに来日した。

四、当時債務者においては大学当局と学生間に紛争が続いていたが、同年一〇月七日に至り、債務者は「九月入学生の入学手続に関して」と題する公示により留学生の入学手続を進める旨発表し、翌一〇月八日留学生にあてた覚書によって、債権者らの入学許可は同年九月一二日付でなされているので、債務者の本科学生として正式に登録されるための手続をするよう指示があった。

債権者らが右指示された手続をすべて履践したところ、同年一〇月一四日ころ、九月一二日付発行の学生証が交付され、また債権者らは一〇月中に債務者の女子寮に入寮を許可された。なお、これらに先立って、債務者は法務省に対し、債権者らが債務者に在籍する留学生であることを証明する同年六月一九日付保証書を提出している。

以上の事実から考えて、債権者らと債務者との間において、債権者らは債務者の一ヵ年本科学生として扱われ、通常提供される授業を受け、他の学生と同様のすべての権利、特権を享受する旨の契約が成立し、債権者らが昭和四四年九月一二日付をもって、一ヵ年本科学生として、債務者の学生たる身分を取得したことは明らかである。

五、債務者は、同年一〇月一四日、学生一般に対し同月二七日までに登録(各学生が自己の履修予定科目を大学に届出ることであり、この届出と同時にその学期分の総合学費を支払う仕組みになっている。)をすることを指示し、一〇月二五日ごろ、カリフォルニア大学からの留学生に対しても、同月二八日までに登録することとの指示があったが、債権者らはこれを拒否した。

債務者は、債権者らが右登録を拒否したことから、「学生になり得る地位」を取得したに過ぎず、学生としての身分を確定的に取得していないと述べているが、それは誤りである。

すなわち、登録には学籍登録と履修科目登録とがあり、債権者らが拒否したのは後者であるが、学籍登録するためすなわち入学するために履修科目登録が必要であるということは、債務者の学則にも定められておらず(逆に、学則五二条は、学籍登録を済ませた後に履修科目の登録をすべきことを前提としている。)、履修科目登録が学籍登録の要件となっていないことは明白である。また、当該学生が大学に在籍することを証明する文書である学生証が交付されていることからみても、学籍登録は終了していると解さなければならない。

六、債権者らは、次のような理由により、今後なお一年間債務者の学生たる地位を有する。

(一)  債権者らの留学期間は昭和四四年九月から一ヵ年と定められているが、右期間の定めは固定的なものではなく、債務者が右期間に債権者らを学生として勉学させる債務をその責に帰すべき事由によって履行しない場合、債権者らとしては、契約を解除して損害賠償を請求し得るのみならず、右期間経過後にわたって本来の債務の履行を請求し得る。

(二)  本件留学制度は、債権者ら留学生が留学に要する費用を大部分負担するものであって、カリフォルニア大学および債務者が留学生に与える恩恵的色彩は薄い。従って、契約期間を過ぎた後は、債務不履行のままでも、もはや本来的な債務を履行する責に任じないと考える訳にはいかない。

(三)  また債務者の債務不履行は、その違法性がきわめて重大である。

まず債務者の登録要求は、学生との約束(債務者の前執行部と学生との間に取交わされた確認書)を踏みにじり、学生の正当な要求を圧殺して強権的手段をもって授業再開を強行する策動の一環に外ならず、多くの学生はこれに強い憤りを感じ、当初多数の学生が登録拒否をしたのであり、債権者らは同じ大学に学ぶ学生として、一つには学生の主張に共鳴し、一つには留学生とはいえ少なくともスト破りというようなことはしたくなかったために、同じ行動に出たものであって、学生にとってはせめてもの抵抗方法として、最小限必要かつ相当性ある手段というべく、債権者らの登録拒否はきわめて正当な行動であった。

ところで、右登録拒否闘争は、昭和四五年一月二七日に至って終結し、登録拒否を続けていた学生らは除籍という事態を避けるため(登録をしないままで三ヵ月経過すると学則によって自動的に除籍になる。)、直ちに休学届を提出し、日本人学生のものはすべて受理されたが、債権者ら留学生のものは、最初の登録を拒否したから債権者らは学生としての身分を保有していないとの理由により、受理されなかった。このような債務者の違法な措置により(日本人学生の中でも、昭和四四年四月に入学した新入生にとっては、債務者の公示によればこれら新入生のした同年五月の登録は無効であるというのであるから、一〇月の登録が最初の登録であるというべきであるが、これを拒否した新入生の休学届は受理されている。従って、債務者は、債権者らを差別的に取扱ったのである。)、債権者らは債務者において受講、勉学する機会を閉ざれてしまった。

また、債務者は昭和四五年二月一八日債権者らに対し、再入学手続をとるならば、審査の上その受理を考慮する旨通知してきたが、これに応ずることは違法な債務者の措置を認めることに外ならず、しかも再入学の条件として、登録拒否のような行動は一切とらないなどの条項を含む特別の再宣誓書への署名等が要求されていたので、債権者らはこのような不当な要求には応じなかった。

なお、債務者がこの間学生に提供したのは、機動隊と鉄の塀によってしか保護され得ないような授業、それに参加するにはスト破りをし、債務者の不当な授業再開に屈服するという精神的苦痛を甘受しなければならないような授業であった。

以上述べたとおり、債務者は現在に至るまで何ら適法な債務の履行をしないでいるが、その背信性、違法性は著しく、ただ単に過失によって債務を履行しなかったというのではなく、弾圧の意図のもとに悪意をもって債務の履行を拒絶したのである。このような背信的な債務不履行をした者が、契約で定められた本来の期間が経過したからといって、本来的な債務の履行を免れようとするのは、到底首肯し難い。

(四)  債権者らが債務者の債務不履行により、貴重な一年間を空費したことは、取返しのつかない大きな損害であり、金銭的な賠償では不充分であって、今後一年間学生として勉学する権利を認められなければ、債権者らの受ける不利益はあまりに大きい。

(五)  なお、債務者が今後一年間本来の債務を履行することは債務者に特に過重な負担を強いるものではない。

七、本件仮処分の必要性は次のとおりである。

(一)  在留期間の経過

債権者らの在留期間は、昭和四四年八月二九日から四五年八月二八日までであり、債権者らは本年八月五日法務省に対しその更新請求をしたが、すでに債権者らは債務者の学生ではないとの理由により不許可になった。

このままでは、債権者らは、在留期間の満了により強制送還されるか、あるいはそれ以前に自主的に帰国するかいずれかの途しかない。

(二)  勉学、研究の必要

債権者らは日本で勉学することを熱望し、多大の出費をした上で、それぞれ抱負を持って来日したのであり、二度とないこの機会に当初の目的を達成すべく、あと一年在留して実質的な勉学をしたいと念願している。

(三)  強制送還の場合に本国で受ける不利益

もし強制送還になれば、カリフォルニア大学に復帰する可能性は全くなくなり、また別の機会に日本に入国することも著しく困難になる。

(五)  以上のとおり、債権者らには、学生であることとの地位を仮に定め、さらにこれに基づき在留期間を更新してもらう緊急の必要性がある。

第三、当裁判所の判断

一、本件疎明資料によれば、債権者らはいずれもアメリカ合衆国の国籍を有し、昭和四二年九月カリフォルニア大学に入学して以来同大学の学生であったが、同大学と債務者との間の契約に基づく海外教育計画(カリフォルニア大学が同大学の学生に海外各国において教育を受ける機会を与えるため設けた制度であり、その日本における留学先が債務者である。)に選考の結果参加を認められ、昭和四四年四月一〇日付でカリフォルニア大学との間で右海外教育計画への参加に関する契約を締結し、そのころ債務者に入学願を提出したところ、同年六月一九日ごろ債務者教養学部第三学年に一ヵ年本科学生として入学を許可され、同年八月二九日他の二一名のカリフォルニア大学生とともに来日したことが一応認められる。

二、ところで本件疎明資料によればさらに、カリフォルニア大学と債務者との間の海外教育計画に関する契約は昭和三九年から毎年一年ごとに締結されてきており、昭和四四年一〇月一三日締結された(契約の発効は九月一日に遡るとされている。)昭和四四年度の契約によれば、カリフォルニア大学留学生が債務者において科目の受講登録ができる期間は、債務者の秋学期から始まり一学年間継続するとされていること(なおこの契約は、以後四ヵ年間毎年更新されることになっている。)、従前この海外教育計画の一学年間という期間が延長された事例は皆無であり、債務者に海外教育計画に基づいて入学し、一学年間の期間を終了した後、さらに債務者に残留することを希望し、これを許可された学生はいるが、これは成績がきわめて優秀であって、しかも海外教育計画から離れて一般留学生となる条件であったこと、カリフォルニア大学は毎年債務者に留学生を派遣してきており、本年度もすでに一七名の留学生の債務者への入学が決定し来日していること、債務者においてはその学則により、一学年が三学期に分けられ、第二学期(秋学期)は九月上旬から一二月上旬まで、第三学期(冬学期)は一二月上旬から翌年三月三一日まで、第一学期(春学期)は四月一日から七月上旬まで(なお、実際には昭和四三学年度の第一学期授業は、同年四月一二日から六月二九日まで行なわれた。)と規定されていること、カリフォルニア大学と債権者ら間の前記四四年四月一〇日付契約書にも、海外教育計画の期間は、昭和四四年九月九日から四五年六月三〇日までと明記されていること(なお、債務者から債権者らに対する前記入学許可通知によれば、入学許可の正式の日付は四四年九月一二日であるとされている。)が一応認められ、これらの事実によれば債権者らが債務者の学生として勉学し得るのは昭和四五年六月三〇日までであると解するのが相当であり、右期限がすでに経過していることは明らかである。

三、次に本件疎明資料によれば、債権者らが来日した当初、債務者においてはいわゆる大学紛争のため授業は行なわれていなかったが、その後授業が再開され、昭和四四学年度春学期の授業は同年一〇月二七日から一二月一七日まで、秋学期のそれは同年一二月二二日から翌四五年二月一八日まで、冬学期のそれは同年二月二三日から四月一五日まで、さらに昭和四五学年度春学期のそれは同年四月二七日から七月三日まで、それぞれ本来の時期から遅れ、かつ、より、短期間ではあるが当初予定されていた科目、授業内容を圧縮して実施され、債権者ら留学生の場合は、本来の秋冬二学期の代わりとして、四四年一〇月二七日から翌四五年四月一五日までの間の右補充三学期(四四学年度春学期を含む)が充てられたこと、債権者らも四四年一〇月二八日までに債務者の指示に従って履修科目の登録をすればこれら授業を受けることができたにもかかわらず、債権者らはこれを拒否したこと、その後も、四四年一二月一八日カリフォルニア大学海学教育計画所長アラウェイ教授は、債権者らに対し、債権者らが債務者に再入学を申請し、同年一二月二二日に開始される第二学期に登録するならば、海外教育計画に復帰することができる(前記の登録拒否により、債権者らは海外教育計画から除籍されていた。)旨の提案をしたこと、また四五年二月一三日、前記アラウェイ教授は、債務者が債権者らを再入学させれば、なお海外教育計画に復帰できる旨債権者らに通知し、債務者も同月一八日債権者らに対し、第三期の始まる二月二三日までに再入学の手続をとり、入学願書を提出するならば、それを受理する旨申出たこと、さらに同年四月債務者は右二月一八日の申出を、四月二七日に開始された四五学年度第一学期についても適用する旨言明したこと、ところが債権者らはこれらの申出をことごとく拒絶し、債務者から与えられた再入学の機会を利用しなかったこと、債務者の学生(大学生一、一〇〇名、大学院生一五〇名)のうち補充第一学期の登録をしたものは登録期限の四四年一一月一日現在で七六〇名であったが、第二学期の開始される一二月二二日までにさらに七、八〇名が登録し、第三学期の始まる四五年二月二三日には登録者はさらに増加してその合計は九九六名となり、その余の学生の大部分は休学届あるいは退学届を提出したので、結局大多数の学生は債権者らと異なり登録を済ませ、授業を受けるに至ったこと、カリフォルニア大学からの留学生(総数二四名であったが、来日直後にうち二名は帰国した)も四四年一一月一日までに一六名が登録し、その大多数は四五年七月三日海外教育計画を終了したことが一応認められる。

四、そして、前記「一学年間」という債権者らの債務者に対する留学生としての登録可能期間の趣旨は上来認定のような諸事情に徴し学生側において任意の一学年間を選択し得るものではなく、固定的なものであることはきわめて明白というべきである。

しかも、前記認定のとおり、この間、正常な状態における授業に比較すれば内容的にみて多少劣る点があったにせよ、本来の学期に対応する補充学期の授業が行なわれ、債権者らとしてもこれを受講する機会を充分に与えられた以上、債権者らがこれに応じなかったからといって右「一学年間」が当然にさらに一年間延長されるべきものとは到底解することはできない。債権者らが登録を拒否し、あるいはその後も債務者側の再入学の勧奨にも応じなかったのは、そうすることが学生側の行っていた登録拒否闘争に対してストライキ破りをする結果になることを潔しとしなかったため等債権者ら主張のような心情に発したものであるにせよ、右の結論が異なるものではない。

その他本件全疎明資料によるも、右「一学年間」がさらに一学年間伸長されるべき合理的根拠となり得る事実は認められない。

五、してみれば、債権者らが「学生になり得る地位」を取得したにとどまるのか、あるいはすでに学生の地位を取得したものかの点について判断するまでもなく、現時点においては債権者らが債務者の学生であり得た期間が満了したことは明瞭であり、債権者らが債務者の学生たる地位を有するとの疎明はないものといわざるを得ず、保証をもって右疎明に代えさせることも相当でないから、債権者らの本件仮処分申請はいずれも失当として却下を免れないものというべく、申請費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 鈴木潔 裁判官 佐久間重吉 矢崎秀一)

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